昭和57年02月03日 朝の御理解



 御理解 第7節
 「天地金乃神は昔からある神ぞ。途中からできた神でなし。天地ははやることなし。はやることなければ終わりもなし。天地日月の心になること肝要なり。信心はせんでもおかげはやってある。」

 昨日の朝の御祈念の後に、久留米の石田先生達が御夫婦が、ここでお取次を願われた中に、親先生先日頂きました。御神米が九体下がりました、どういう御神意の事でしょうか、というお伺いであった。誰でも九はあんまり好かんわけですね。ほいで私申しましたが、合楽で言われる十全ね。和道十全と言われる。金光様の御信心は、和道十全の道なんだ。その十全の信心に、もう一歩という意味じゃないでしょうかねって、まあ申しました事でございます。
 皆さんどうしても合楽でね、御信心の稽古をなさるなら、この和道十全の道を目指さなければいけません。それには、私今日の御理解じゃないですけれども、天地日月の心になること肝要だと思うですね。その天地日月の心を身に付けると言う事を、まいろいろな角度から、合楽では説きます。天の心とは地の心とは、日月の心とは、しかもそ火の行水の行せんならんというのではなくてね。その気になれば誰でも出来るという、まあ私は申しますけれどもね。そういう信心をいよいよこう目指さしてもろうて。
 その天地日月の心というその心がね、もう自分の身に付いてしまうと言う事ね。親の物は子の物子の物は親の物、と言う様な事を申しますね。「親のものは子のもの子のものは親のもの」親の物は子の物子の物は子の物、というような人が多いようですね。これではねいわゆるお道でいう、あいよかけよ、と言う様なね、のは生易しい言葉ではないです。お互いにこの荷物を持つのが重たいから、あんたがそっちを持ってくれ、私はこっちを持つから、と言う様なもんじゃないです。
 あいよかけよというのは、いわゆる私どう言う事かというとね。いよいよ天地日月の心と一つになれれる手立て、を目指さして貰うと言う事が取りも直さずね、いわゆるあいよかけよ、そのあいよかけよというと、いうなら神様の心と一体になれれる心であるね。この方が祈る所天地金乃神と一心とこう仰る。私はね天地人一如の世界と言う風に申します。とってもそんな事はでけんだろう、というそんなこっちゃないです。
 人間はもうちゃあんとそう言う風に、天地と一体になれれるような神情というものを、もう生まれ落ちる、と同時にもう頂いてるんですね。いつも申しますように、それこそ柿の種にでも割ったら、もうすでに柿の芽があるように、人間の心というものを割ってみるとそこに生神の芽、というものがちゃんとあるのです。それを私共が我情我欲で固めてくるもんですからね。生神の性というどころかもう、それこそまあ人間の面をしとるけどもね、人面獣心と言った様な事にまでなりかねないのです。
 汚れに汚れ果ててしもうていく、だからその、例えば布(きれ)でもそうでしょう。汚れに汚れ果ててしまうと、もうしょうがなくなって、もうビリビリする様に成るでしょうが同じです。人間もそこん所に気付かずにね。我情我欲で生きると言う事はそう言う事なんですね。そこに気付かせて頂いてその、柿の芽なら柿の種なら柿の種がね。お土によって育まれね。御陽気のおかげで水分、水のおかげでこう芽がきるね。それが又柿の木になり柿の実が実る、と言った様に自然にね。
 それが出来る手立てが私、合楽理念だと思うです。合楽理念の行者足らんとまず願わなきゃならんが、ならその合楽理念の行者と言う事はもう、それこそまあ今迄かっての宗教者が色々して来た様々な難儀苦労というかね。とても人の人間の身で出来る事ではないような修行にでも取り組まなければ出けないか、というとそうじゃない。人間が人間らしうしながらね。天地日月の心を、の中に入っていけれる世界、私はそういう中にね。このあいよかけよと教祖が仰とられるそのそれを私。
 今日は親の物は子の物子の物は親の物、と言った様な心が育ってこなければならんね。今日私はいつも天地日月の心とは、と言う事ですけれども、そのあいよかけよの本当の意味に於ての、いわば天地人一如の世界に住む為には、もう兎に角、親の物は子の物であるなら、子の物私の物も、一切が神様の御物であるという。久留米の初代が真の信心という大変難しいお話を御本部から見えた先生から御講話を受けられた。あんまり難しいから分らなかった。
 そこで神様に、今お話を頂いとるけど意味が分からん。どういう意味のお話をなさっておられるのか、というて御神意を伺われたら、生まれたばかりの赤ん坊がね、紅白の布団の上に休ませられておる、そしてその上からこう水引きがかかっておる、というお知らせを頂かれた。ははぁ真の信心とはそう言う事でございますか、と言うて合点された、という、ね。私共、このお話は何遍頂いたかわかりませんけれどもね。人間生まれてくる時にそれこそ布一寸でも握ってきた、という者はおりません。
 一切が神様のおかげでね、身に付くものは身に付いておるのである。この赤ん坊の心になる事だと。まあ今日私が言う言うならばね。一切が神様の御物ね。甘木が御徳を受けられたのも、やっぱり一切が神様の御物として大切にされる。それこそ百円のまあ当時の事ですからね。自分の金を一円使う時には、それこそ百円も使うごたる気持で使うた、とおっしゃる。神様の前に百円を使う時には、それこそ一円の金を使うような思いで、とおっしゃった、というね。
 そういうね、例えば繰り返し繰り返し私共は頂いた教えなんですけれども。それが身に付いておる、という事は大変な事ですね。それでもね、自分の物は何一つとてない、一切が神様の御物だという時に、んなら神様はどう現れておられるかとね。安武松太郎が言う事なら、どんな事でもお聞きになったね。親の物は子の物としての、おかげを受けられたわけ。これは私も、自分自身思うんですけれども、そういう所が私にもまあだそう、たくまずしてあったように思うです。
 北京から引き揚げて帰った時分に何の仕事もない。だから、も、兎に角身体を休ませておる、という事がもう勿体のうして勿体のうしてたまらん。だからどこにでんち、いうわけにはいかんけん知った所に、例えば取り上げなら取り上げの加勢、取り上げの加勢ですよね。私、あのう秋永先生の所にある取り上げのお手伝いに行って泊まりがけで、二、三日位お手伝いさせて頂いたです。
 その時にお婆ちゃんが私に、まあ御礼のつもりでしょう、五升位のお米を私にことづけられた。私それでもやっぱり毎朝秋永先生のところから、こよりちょっと先の浮羽郡の方ですが、そこから善導寺まで毎朝、朝、日参するわけです。そいでそのお米を頂いて自転車の後へくくってからちょっと椛目、途中ですから寄りました。そしたら母がそりゃなんの?ち聞くけん、こりゃ御礼にお米ば頂いたち言うたら長い、何日てんなんてんちゃ言わんけんで今日一日その米ば貸してくれち私に言いました。
 いやあそりゃあ出けん、そりゃあ出けんばいち言うて、まあ恐らく米がなかったんでしょう。だからその米をちょっと一時でもいいけん貸してくれ、と申しましたけども、いやあそげな事は出けんと言うて、そのままお供えをさせて頂いた事がございますが、一事が万事そういう生き方でしたね。これは四十年の親教会の記念祭の時でした。丁度一年前に信徒、主だった者だけが集まって会議、記念祭を迎える、その時分に予算が発表されましたね。三十何年前の記念祭を一万円で出けたです。
 その当時一万円かかると言う事であった。そん時に、ま私は末席でしたけれどね。お互いがもう、私共は北京から引き揚げてくる時に、もう本当に着物なんかはほんのわずかしかもってきてなかったですけども。お互いそん着物を一枚づつはずす気になろうじゃないか、と言うて私が宣言したんです。ところが誰もそれに賛成しなかったですね。あの時分の古着一枚そりゃもう大変な時代でございましたからね。
 それから私は決心しました。これから向う一年間私の上に現れてくるもし利益は、お商売より他知らんですから、何かお商売さして頂こうと、そしてその、それに上がった収益を全部記念祭の御用に使うて頂こう、という決心をさしてもろうてお取次を頂いた。もう、最少限度の生活費を頂いて、後は全部記念祭の為に、という事であった。ほりゃあその時分に、あのう筑後地方ではね。ローソクとか石鹸なんかのはぜの実から作るああいうのが、非常に流行って水石鹸ですね。
 ですからもう九州中廻って、こう出張販売をしてね、見本をいっちょもっときゃ出来る商売ですから、家の近所に何軒も石鹸屋がありました。だからそういうところを特約しといてその、売り込むわけ、とても大変調子よういったんですよね。ところがその、相手は水石鹸ですからこうもなってしまう。それがどんどん今度送り返してくる、と言う事になってきた。もう兎に角、働けど働けどであった。儲かったかと思うと、またばぁっと元に戻ってしまうね。そういう繰り返しで。
 もう十二月の三日が御大祭でございましたから、もう十一月に入った。もういよいよ私は神様に向かって、それこそ直接談判です、私はこういう一生懸命の思いでね。記念祭の為に働こうとしておるのが、どういうわけこういう結果になりますかと、分らなかった。別に御神意が頂けるわけでもないから、親先生にも、もう嘘を言うてね。出張に出ると言うて、私はリュックサックいっちょかろうて、この耳納山に登りました。
 十一月でしたけれども、十一月の始めの頃でしたけれども、もう兎に角もう全山を揺るがすような夕立があったです。十一月にもう大土砂降りでした。だからその山を越える事も出来ませんから途中にお滝場がありまして、そこにおこもり堂がございます。だから結局そこへまあ走り込んだわけですが、そこで二日間まあそれこそ滝の水を頂きながら、当時は大祓いを一生懸命唱えながらね。
 ま神様にお夢にでも良いからその、何かどういうわけどこに間違いがあるならば神様が言う事を聞いて下さらんのか、と思うてまあその談判のつもりでございました。二日目の朝方お夢を頂いたというのは、兎に角一間四角位あるようなもう見事な古い井戸がね、こう中を見たら中にはそれこそ、その井戸いっぱいに泳いでおる、というような鯉が、真鯉がね、この泳いでいるんです。
 私が見た瞬間にねはあこれだ。今度の御大祭のお供えはこれだと思うてね、私はその井戸の渕に立ってから中にションベンしておる所を頂いた。そしてションベンしてしもうてからしまった、と思うておる所で眼が覚めたね。そして私が分らして頂いた事はね。成程記念祭記念祭、記念祭にはもう自分の全身全霊を打ち込んで神様の前に捧げよう、という気持になったけれども、その後は私がおかげを頂く、私におかげ頂かせて下さいよ、というものが内容にあったんでしょうね。
 それが小便である小さいおかげなんです。目先の事を自分が私がこれだけ一生懸命なるから神様、あなたもこの記念祭が終わったら私に御徳を下さい、力を下さい。私に一つしっかりおかげ頂かせて下さいよ、と言った様なものがあったような事に気付かせて頂いて、いわゆる本当に真心の奉仕と言う事には条件があってはならない、と言う事にその時初めてわかりました。無条件です。それから改めて願いを変えました。もうあとはもう神様任せである。兎に角無条件もうあとひと月しかない。
 ところがどうでしょう。そのひと月の間に今迄取れなかったお金が取れる、と言った様な事でひと月の間に一万円出来ましたですからね。おかげで記念祭に御用さして頂く事が出来ましたがね。神様という方はそんな方です。そういう無条件でいわば、私の物はあなたの物と言った様な頂き方が出来る時にです、今神様は私の為ね。私の為のなら今でもそうです。ここにもし家蔵財産があるとしても、神様がいると仰せられれば、いつでも離せれれる心が私の心の中にあります。
 私の物は神様の物だから、神様もまた私の物として、おかげ下さっとるのが合楽の、今の御比礼の状態じゃないでしょうかね。私今日はね、あいよかけよという、いわば私今日は、親の物は子の物、子の物は親の物と言った様な心情が本当に、こうその神情の発露というのはね。まずなら親の物、神様のおかげを頂いたら私の物は、あなたのものというのじゃなくて、まずは私のものがあなたの物である、といういうならば、真実が見えた時初めて神様がね。
 神の物は氏子のものだというふうに働いて下さる。そこに私は本当のあいよかけよというものの精神というか、働きというものはそこからしか生まれてこないと思うですね。いわゆる天の心地の心といわれる。兎に角天の心とは美わしの心、しかも無条件の心と言われるでしょう。そう言う事だと思うです。そういう信心が身に付いて、私は初めていうならば和道十全の道というものは開けてくるのであり、頂けてくるのでありね。
 そこから本当の意味に於てのあいよかけよのいうならおかげが頂けれるようになった時にね、いわゆる限りないね、無尽蔵のおかげ、と言う事にもなるのじゃないでしょうか。今日は天地日月の心をいうならば私の体験から、はぁあいよかけよというのはまずはね。神様の物が自分のものになるようなおかげを頂いたら、という前にね。自分の物はあなたの物、としての信心がいるんだなぁあと言った様な事を感じましたね。天地日月の心の中にはそういう、いうならば生き方もまた勉強しなきゃならんと思うですね。
   どうぞ。